ちょぴん先生の数学部屋

数学の楽しさを、現役メーカーエンジニアが伝授するぞ!

これが分かればフェルマーも瞬殺!? ~ABC予想~

コロナの影響で暗い世の中になっていますが、そんな最中に、こんな明るいニュースが飛び込んできました。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/58943296d3c3fc3bf78520f62f7c63081f0640ef

「数学の難問ABC予想を証明と京都大」

 

京都大学望月新一先生が、「ABC予想」の証明に成功した。という大ニュースです。

これは「フェルマーの最終定理の証明」と同じぐらいの偉業だとされており、日本人数学者がこれを成し遂げたことに誇りを感じますね。。

1.これまでの経緯

 

 証明を果たした望月先生ですが、その経歴はというと、

・10歳でギリシャ語とラテン語の勉強を始める 

 (どちらも文法が複雑で習得が難しい言葉)

・16歳で、飛び級にてプリンストン大入学 →19歳で卒業

・23歳で博士号取得

・26歳で京大助教

・32歳で京大教授

 

という人間離れしたものになってます。。。数学者でググると、この手の天才エピソードがわんさか出てきますが、このお方も例に漏れず、、という感じです。

 

さて、このABC予想の証明ですが、実は8年前の2012年の時点で望月先生は論文を提出していたのですが、査読(論文の中身が正しいかどうかのチェック)に7-8年もの歳月がかかり、今年になってようやく正しさが認められた、という流れです。

 

なんでこんなに査読に時間がかかったのかと言えば、論文自体が500ページ強という超大作だったのも然ることながら、宇宙際タイヒミュラー理論と呼ばれる全く新しい数学の理論が使われていたので、当時の数学者で理解できる人がほとんどいなかった、という事情があります。査読のために、何度も「宇宙際タイヒミュラー理論」を理解するための勉強会が開かれたそうです。

 

2.ABC予想の内容説明(前編)

 

前段が長くなってしまったので、ABC予想の中身の説明に移ります。

この記事は、ABC予想の主張を理解しようという趣旨で、証明はしません(というかできません)。

 

ABC予想とは、下のような問題となります。

 

f:id:stchopin:20200826070913p:plain

 

このままだと全く意味が分からないと思うので、1つ1つ翻訳していきます。

 

まず、「互いに素」というのは、「最大公約数が1」という意味です。例えば、(a,b,c) = (1,2,3), (5,7,12)というような組み合わせです。この2つは、両方とも1以外の公約数を持っていません。逆に全部が3の倍数となってしまう(a,b,c) = (3,6,9)みたいな組み合わせはNGだということです。

 

次に、rad (a,b,c)の意味を説明します。

 

これは、「a,b,cに含まれる素因数を1つずつ掛け算したもの」になります。具体例を挙げますね。

例えば、(a,b,c) = (1,2,3)の場合は、

a=1, b=2, c=3なので、d=rad (a,b,c) = 2×3 = 6 となります。

 

(a,b,c) = (5, 7, 12)の場合は、

a=5, b=7, c = 2×2×3 なので、d=rad(a,b,c) = 2×3×5×7 = 210 となります。

 

(a,b,c) = (8,9,17)の場合は、

a=2×2×2, b=3×3, c=17なので、d=rad(a,b,c) = 2×3×17 = 102 となります。

 

雰囲気が掴めてきましたかね?

ABC予想は、このd= rad(a,b,c)の値と、cの値とを大小比較しようという趣旨になっています。

 

上の3つの例では、3つとも c < dとなっています。他にもいろいろ試すと分かりますが、ほとんどのケースでc<dとなっていることが分かります。

 

ところが、c >dとなるケースもあって、以下の例がそれになっています。

(a,b,c) = (1,8,9)の場合は、

a=1, b=2×2×2, c=3×3なので、d=rad(a,b,c) = 2×3 = 6

 

c>dとなる例がこれしかないのかというと、そんなことはなく、実は無限個の組み合わせがあることが証明されています。信じがたいことに。

 

ここまでをまとめると、「c>dとなる(a,b,c)の組み合わせが無限個存在してしまう」ということです。ダメじゃん、となります。

 

そこで登場するのが、今まで説明してこなかった、「任意の正の実数ε」です。

 

3. ABC予想の内容説明(後編)

 

まず極端な例として、εがメチャクチャ大きい数だとします。99くらいにしましょうか。このとき、

d^(1+99) = d^100という数は指数関数的に大きくなっていくので、c>d^100となるcなんてほとんど見つからないだろうというのは直観的に分かるかと思います。

 

しかし、ABC予想の凄いところは、ε=0の場合は前述のようにダメだったのに、このεがたとえ、ε=0.000000000000000000001みたいなものすごく小さな数であっても、cの個数が有限個に収まるよ、と言っている点です。

 

つまり噛み砕いて言えば、「dをほんのちょっとでも大きくしてあげれば、c>d^(1+ε)となる(a,b,c)は、ほとんど見つからなくなるよ(少なくとも無限個はないよ)」

 

ということなんです。ABC予想の中身、何となくでも理解できましたでしょうか?

 

4.ABC予想が正しければ、フェルマーの最終定理が瞬殺できる!?

 

さて、そんなABC予想ですが、「何の役に立つんだよ!?」とお怒りの人も多いかと思います。

 

が、数学の世界にはABC予想が正しければ、○○だ」という定理(応用上重要なものも含む)が山のように存在しており、ABC予想が解かれることによって、これらの解明が一気に進み、科学を大きく進歩させるきっかけになりえます。微分積分の発明が、後世の科学を大きく発展させたように。

 

その一例として、このABC予想を使うと、なんと、あの330年かかった難問フェルマーの最終定理」があっという間に解けてしまうんだそうです。以下に、その概略を書きます。

 

ここでは、正しいかどうかはさておき、ABC予想の「有限個」を思い切って「0個」にしてしまったものを考えます。

 

ABC予想のa,b,c を a= x^n, b= x^n, c=z^n とすれば、フェルマーの最終定理の式になります。(x,y,zは互いに素なものを考えれば十分です)

 

このとき、d = rad (a,b,c) を計算してみると、

 

d= rad (x^n, y^n, z^n) =rad (x,y,z) ≦ x × y × z < z × z × z =z^3

まとめると、d<z^3 と評価できます。

 

上の評価では、

・n乗してもしなくても、x,y,zの素因数の構成は変わらないから、

rad (x^n, y^n, z^n) =rad (x,y,z)

・rad (x,y,z)は、定義からx,y,zの積そのものより小さいはず

・x^n +y^n = z^n という式から、zが一番大きい

 

という事実を使っています。

 

ここで、ε=1としたABC予想を考えると、

c>d^2となるcは存在しないのでした(有限個を0個と考えています)。

言い換えれば、c≦d^2でなければなりません。

 

よって、フェルマーの最終定理の式をみたす(x,y,z)の組が存在するためには、

 

c=z^n < d^2 = (z^3)^2 = z^6 → z^n < z^6 →n<6

 

つまりnは5以下でないといけないと分かります。

(この時点でn≧6の時は、フェルマーの最終定理が正しいと示せたことになります)

 

ところで、フェルマーの最終定理を解く過程で、

n=3の場合(オイラー), n=4の場合(フェルマー本人), n=5の場合(ディリクレ、ルジャンドル)は、既にフェルマーの最終定理が正しいと証明されています。

 

よって、n≧3のすべてのnについて、フェルマーの最終定理が正しいと証明できました!!

 

このように、ABC予想(を少し誇張したもの)を使えば、解くのに330年かかった世紀の難問が、瞬殺できてしまうわけで、この事実一つとっても、ABC予想というものが数学の世界において非常に強力な武器となり、その証明が大偉業だったかが理解できるかと思います。