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都構想毎日新聞デマ記事に見る、論理構造の乱れ ~事実・真実・デマとは~

[11/1追記] 都構想の住民投票は反対多数で否決になったみたいです。

 

11/1に大阪都構想の賛否を問う住民投票が行われることになっており、賛成派と反対派が激しい応酬を繰り広げています。


大阪都構想とは、大阪市を廃止して4つの特別区(東京23区のようなもの)に再編するという話のようで、メリット・デメリットともに多数存在し、賛成派と反対派の激しい応酬が続いているという状況みたいです。

 

私自身は大阪市民でも何でもありませんし、どちらかといえば反対寄りではありますが、最終的には大阪市民が決めればよくどっちでもよいという中立的な立場です。

 

そんな最中に、こんな記事が毎日新聞に載りました。

mainichi.jp

4つの特別区に再編することで218億円もの追加コストが発生するという内容の記事で、当然ながら反対派にとって有利な情報と言えます。

ところが、この記事の中身が「デマ」であると、炎上騒ぎになっています。

 

なぜデマと呼ばれているのか?

その理由は、先の218億円という数字は、今の大阪市「4つの政令指定都市に分割した」際にかかるコストだったからです。

 

前述のように、大阪都構想とは大阪市を廃止して4つの特別区に再編する」行政改革です。つまり、本来は4つの特別区に分ける前提の算出をしないといけないのに、4つの政令指定都市に分けるという誤った前提で数字を算出していたわけです。

 

私は地方自治に関しては全くの素人なので詳細はよく分かりませんが、今の大阪市のような「政令指定都市」は、都道府県並みの大きな権限を持っているがゆえに予算が莫大なものになります。

一方、都構想後に設置されるとされている「特別区」は、成長戦略などの広域行政を大阪府に移管し住民サービスの提供に特化した自治体となるそうなので、必要な予算は当然減ることになります。

 

自治体の規模に応じて、「基準財政需要額」という交付税交付金を決める指標が設定されているらしいのですが、今回の218億円という数字は、この基準財政需要額として政令指定都市」用の数字を利用して算出してしまったもののようなのです。これでは、都構想によるコストを正しく見積もったことにならないのは言うまでもありませんね。

 

実はこの数字は、大阪市議会の反対派の議員さんたちが前々から見積もっていた数字のようで、今回の記事で初めて表沙汰になったという話のようです。

 

この記事が出た直後、大阪市の松井市長が毎日新聞の記者に直接クレームを入れ、毎日新聞の記事を引用した各メディアが記事を訂正し、大阪市自身が記者会見を行い、「218億円という数字は4政令市に分ける前提で算出したデータであり、大阪都構想とは関係のない数字です。大阪市民の皆様は、正しいデータに基づいて住民投票に臨んでください」と釈明をしました。

www.city.osaka.lg.jp

 

こんな経緯もあり、くだんの毎日新聞の記事はネット上で大炎上したのでした。

 

さて、この記事が正しいか正しくないかには、大きく2つの論点が存在します。

 

1. 「大阪市を4政令市に分割した場合、218億円のコストがかかる」は事実か?

2.  1は大阪都構想の是非を判断する材料として適切か?→反対すべきという判断材料にできるか?

の2点です。

 

2の方は簡単です。「4政令市にわける」という事実に反する前提を置いた数字である以上、適切ではありません。よって、賛成反対を判断するには、「4つの特別区に分ける」という事実に基づいた正しい前提条件によって算出されたコストのデータが必要になります。

 

問題は1の方です。

大阪市を4政令市に分割した場合、218億円のコストがかかる」は事実か?

218億円という数字自体に関して、「追加コストだ」「行政サービスの劣化具合を表す量だ」など様々な解釈があるようですが、それについてはややこしいので不問とします。

その上で1は事実か? 結論を言えば「事実」です。

なぜなら、実際にはあり得ない前提条件ですが、大阪市を4政令市にわける」という前提の下では、確かに算出される数字が218億円だからです。

 

分かりにくいと思うので、例をあげましょう。

 

図1のような境界線がクネクネしている空き地があったとします。大きさは2a×2aの正方形に収まっているとします。

f:id:stchopin:20201029192754p:plain

今、あなたはこの空き地を売りたいと思っており、業者にいくらで売却できそうか見積もりを取ろうとしているとしましょう。この空き地の面積を正確に求めるのは困難なので、面積の見積もりにはある程度の近似が必要になります。

 

そして業者はA,Bさんの2人がいて、以下の設定だとします

・業者Aさん :あなたのことが嫌いで、土地代を低く見積もろうとする

・業者Bさん :あなたと親しく、土地代をできる限り高く見積もろうとする

 

さて、この空き地を見てAさんBさんの両者が見積もりを行いました。

意地悪なAさんは、この空き地を図2のような菱形と近似して面積を算出しました。

その結果は、2a^2です。

f:id:stchopin:20201029192840p:plain

親切なBさんは、この空き地を図3のような円と近似して面積を算出しました。

その結果は、πa^2です。

f:id:stchopin:20201029192910p:plain

言うまでもなくBさんの見積もりの方が大きくなりますし、実際の空き地の正確な面積により近いです。当然、より正確なBさんの結果で検討するべきですね。

 

とはいえ、Aさんの見積もりが間違いかというとそうではありません。実際の空き地の形状には程遠いものの、「菱形に近似した」という前提条件の下では、面積が2a^2になる、というのは間違いなく正しいわけです。

 

つまり、ある前提条件を使って得られた結果そのものは、前提条件自体が適切か否かに関係なく「事実である」と言えてしまうわけです。もっと端的な言い方をすれば、「事実は真実とは限らない」ということです。

 

今回の例え話を、

・空き地の正確な面積 = 都構想で実際にかかるコスト(蓋を開けてみないと誰にも分らない)

・Aさんが出した菱形近似の面積 = 「4政令市に分けた前提での」コスト(今回の218億円)

・Bさんが出した円形近似の面積 = 「4特別区に分けた前提での」コスト

 

と読み替えてあげれば、今回の記事の構造が理解できると思います。

 

今回の記事を受けて、主に賛成派の方々は

「前提条件が違うから不適切 →故に記事はデマである」と拡散し、

主に反対派の方々は

「4政令市に分けるという前提であれば218億円という数字は正しい →故にデマではない」と拡散したわけです。

 

デマと判断した前者の方々は2の前提条件の適切性に着目してデマと判断し、デマでないと判断した後者の方々は1の算出結果が事実か否かに着目してデマでないと判断したという構図なので、両者の視点は最初から全く異なっており、話が噛み合うはずがありません。

そして、コストを小さく見積もりたい賛成派は2をより重視して記事を読むし、コストを大きく見積もりたい反対派は1をより重視して記事を読むという、全くな平行線だったわけです。

 

ここからは、私個人の判断基準についてですが、記事がデマか否かは、「事実かどうか」だけでなく「より真実を見れている前提条件になっているか」だと考えています。

その判断基準に基づけば、今回の毎日新聞の記事(というか218億円という数字自体)は、「より真実を見れている前提条件になっている」を満たしていないため、デマだと判断できます。

何を以て「より真実を見れている」と判断するかは議論の余地があるところですが、今回の場合は、4政令市に分割するという明らかな嘘に基づいた数字なので、議論の余地なく真実ではありません。

 

真実自体は蓋を開けてみないと誰にもわかりません。しかし、私たちはより真実に近づける見方をする努力はすることができます。

 

私は現在、自動車のボディの耐久性能が十分あるかをコンピュータシミュレーションで評価するという仕事をしていますが、どの応力値を基準にすれば壊れる壊れないかを判断できるかが悩ましく、日々試行錯誤しては関係部署と論議を重ねています。そんな本業がエンジニアの私にとって、全くあり得ない前提を使ってデータを振り回す狼藉は、到底見過ごせるものではありませんでした。

 

なので、デマでないと判断した反対派の識者の方は、「デマでない」と強調するのではなく、より正しい前提条件での数値を改めて提示したうえで賛成派の識者と建設的な議論をしていただけるよう、お願いします。賛成派の識者に関しても「デマだ」と切り捨てることなく、同様の対応をお願いします。。。