皆さん、こんにちは。
前に、虚数がいかに重要な数だかを解説しました。
今回は、そこで書ききれなかったネタ、
「高校数学の範囲では解くことが困難・不可能な一部の積分が、虚数の力を借りると解くことができる」という話をしたいと思います。
1. 複素積分とは?
複素積分とは、文字通り「複素数の関数を、複素数の変数で積分すること」です。ここで、高校までで習ってきた「実数関数の積分」と複素積分の違いを見ていきます。
実数関数の積分では、積分する変数は1個だけで一直線上を動きます。一直線上しか動けないので、スタート地点とゴール地点の2点を決めるだけでバシッと値が求まります。
ところが、複素積分の場合は、積分する変数が複素数なので、実部・虚部の2つの変数が動くことになります。つまり変数が2次元的に動くわけです。
そうなると、スタートとゴールを決めただけではその間をどう動くのかが分かりません。下の図のように一直線に動くかもしれないし、直角三角形のように動くかもしれないし、蛇行するかもしれないわけです。この経路の違いによって積分の値が一般的には異なります。
以下に複素積分の具体例を2つ載せておきます。
1つ目は、どの積分経路でも同じ値になる場合です。
2つ目は、積分経路によって値が変わる場合です。
よって、複素積分においては、どういう道をたどるかという「積分経路」が極めて大事になってきます。
そしてその帰結として、「積分経路」が、スタートとゴールが一緒の「ループ」になるものが存在しうることになります。
このような積分経路がループになる積分を「周回積分」と呼び、複素積分特有の概念となります。
以下の紹介する「コーシーの積分定理」「留数定理」は、いずれもこの「周回積分」に関する定理となります。
2. コーシーの積分定理・留数定理
まず、コーシーの積分定理とは以下のようなものです。(証明はしません)
正則と言うのは、途中で発散したり、不連続になったり、微分不可能になったりしないような「行儀のいいふるまいをする」と言う意味です。
つまり、被積分関数がループの中で正則な限り、その周回積分の値は必ず0になるという定理です。
では、もしループの中で被積分関数が不具合を起こすような場合はどうなるのか?それについて答えを与える定理が「留数定理」です。(これも証明はしません)
ここで言う特異点と言うのは、被積分関数の分母が0になって発散するような点のことです。例えば1/zの特異点はz=0といった具合に。式で書くと下のようなイメージです。
留数定理の言わんとすることは、周回積分の値は、特異点によって求まるある値を合計したものに等しいという事です。
以上の「コーシーの積分定理」と「留数定理」を使うことによって、なんと一部のそのままでは解くことの難しい実数積分が解けるようになるのです!!
3. 積分計算の具体例
では具体的な例を4つほど紹介します。
(1)三角関数の分数関数
三角関数が分数の形で入っていて、積分範囲が0~2πとなっている積分です。高校数学の範囲では「t = tanθ/2と置換する」という定石がありそれを使って解くことも一応出来るのですが、ここでは複素積分の知識を使って解いてみます。
このとき、z=e^iθと変換して考えると、積分の中身は下のようになります。(ここでもオイラーの公式が活躍しています)
係数を除いたこの被積分関数を
とすると、このf(z)の特異点は、
の4つあることが分かります。
今、積分経路Cとして単位円周を考えると、上記4つの特異点のうちCの中にあるのは√2-1の方だけです。
よって、留数定理を考える際はこの2つの特異点だけ考えれば良くて、留数定理を使うと周回積分の値が
と求まります。以上から、求めたかった積分の値は
となります。
ちなみに、複素積分を使わず高校数学式のt=tanθ/2の置換を使う別解は下のようになり、全く同じ答えが出ることが確かめられます。
ただ、この場合は高校数学式の解法でもそれほど難なく解けるので、あまり複素積分を使う有難みは感じないかもしれません。
(2)多項式の分数関数
分母が次数の大きい多項式になっていて、かつ積分範囲が-∞~∞となる積分です。このタイプの積分は、高校数学であれば分母を部分分数分解して・・・などとやるのですがかなりハードな計算になります。しかし、これも複素積分の知識を使うと比較的簡単に解くことができます。
今回はストレートに
とおいて特異点を考えてみましょう。すると、
と4つ求まります。
今回の積分経路は、下図のような「-R~Rの直線経路」「半径Rの半円」を合体させたループを考えます(Rは後に無限大に飛ばすので、めちゃくちゃ大きい値だと考えます)
このループの内部にある特異点は2つだけです。なので留数定理を考えるときはこの2つの特異点だけ考えればOKです。留数定理を使うと周回積分は、
と求まります。あとは、「-R~Rの直線経路」「半径Rの半円」それぞれの積分値がどうなるかを考えます。
実は、「半円」部分の積分はR→∞で0になることが示せます。
積分全体に絶対値を取って、
・三角不等式 |a|-|b| ≦ |a+b| ≦ |a|+|b|
を駆使して次々に上から押さえつけていくと、R→∞で0に収束するRの関数で抑えられることがわかるので、はさみうちの定理で収束値が0だと分かるわけです。
残りの「-R~Rの直線経路」でR→∞とした値こそが、今回最終的に計算したい積分なので、
と積分が計算できることになります。後半のR→∞の議論をはしょって答えを出すだけなら留数定理だけで積分値が求まる格好で、高校数学式に解くよりも遥かに早く答えが求まります。
ちなみに、高校数学式に解いた方法が下です。この通りめちゃくちゃハードです。一応、留数定理で求まった答えと全く同じになることが分かります。
このように、高校範囲での解法だと時間がかかる積分計算が、複素積分の知識を使うと比較的楽に計算できるようになることがお分かり頂けたでしょうか?
ここまでは高校範囲でも何とか解ける積分でしたが、次の2つの例ではどうあがいても高校範囲では計算できない積分を紹介します。
(3)ディリクレ積分
こちらは「ディリクレ積分」と呼ばれる有名な積分で、物理などに頻繁に登場します。こちらは、高校数学の知識だけではどう逆立ちしても解くことができませんが、複素積分の力を借りると解くことができるんです。
としてあげると、f(z)の特異点がz=0だけだというのはすぐに分かります。
積分経路は、本当は(2)のような半円ループを取りたいのですが、「-R~Rの直線経路」の上に特異点のz=0が乗ってしまって不都合です。なので、この特異点を避けるようにもう一つの半円を考えた、下図のようなループを考えることにします。
ここで大きい方の半円の半径Rは無限大に、小さい方の半円の半径εは0に近づける極限を後程取ります。
すると、このループの中に特異点は存在しないので、コーシーの積分定理から
が分かります。この後は(2)と同じように、ループの各部の積分値がどうなるかを考えます。
「大きい半円」については、(2)と同じようにR→∞で0になることが示せます。
次に「小さい半円」を考えると、
ε→0とすると、有限値が具体的に求まります。
残りの積分経路の積分の合計が、最終的に計算したかった値なので、
とディリクレ積分の値が求まりました。
(4)フレネル積分
こちらは「フレネル積分」と呼ばれるこれまた有名な積分で、光学の分野などに登場します。こちらも、高校数学の知識だけではどう逆立ちしても解くことができませんが、複素積分の力を借りると解くことができます。
この場合は、被積分関数を
とおいて考えます。このf(z)には特異点は存在しません。
積分経路として、下図のような直角二等辺三角形を考えると、コーシーの積分定理から、
周回積分の値が0だと分かります。積分経路の各部で積分を分解してそれぞれ検討すると、
・C1 :0~Lの実軸 →有限値に収束
※ここで登場する積分は「ガウス積分」と呼ばれるもので、後日紹介記事を上げます。ここでは答えだけ出しておきます。
・C2 : L~L+iLの直線経路 →0に収束
・C3 : 直角三角形の斜辺を降りる経路 →フレネル積分が登場する
となります。周回積分=0を利用して係数比較すれば、
のように、フレネル積分の値が求まりました。
4. おわりに
いかがでしたでしょうか?このように「虚数」の力を借りることで「実数積分」が解けてしまう威力の絶大さを。この点からも「虚数」がいかに重要な数かが理解できたと思います。
私個人の感想として、大学数学で習った定理の中で一番感動したのが、この「留数定理」でした。その感動の一端でも伝わってくれていれば、幸いです。