みなさん、あけましておめでとうございます。
ということでこのお正月は、「無限」に関わる不思議な話の後編をお送りいたします。
後編の今回は、「積分と極限の順番」に関するお話です。
前回は、無限個の足し算で順番を入れ替えると答えが変わる場合があるという話をしました。
今回は、「積分」と「無限個の足し算」という2つの動作を入れ替えていいのか?という話です。
通常であれば、足し算の積分は、足し算してから積分しても、それぞれの関数を積分してから足しても、同じ答えになります。つまり「積分」と「足し算」という2つの操作は入れ替え可能というわけです。
しかし、これも実は「有限個の足し算」ででしか正しくなく、「無限個の足し算」については、積分と足し算を逆にすると答えが変わってしまう場合があります。
無限級数とは、本質的には「数列の極限」と一緒なので、今回は、「積分」と「∞に飛ばす極限」の2つの操作が入れ替えられるのか?というネタを中心にお話ししたいと思います。
1. 積分と極限を入れ替えると答えが変わってしまう例
つい最近投稿した奈良県立医科大学の過去問で「積分と極限を入れ替えると結果が変わってしまう」という問題がありました。とてもよい例だと思いましたので、この例を題材にして解説していきます。
(問題その物の解説はこちらです。21世紀の奈良県立医大前期数学 -2009年- - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com) )
この式の左辺は「積分をしてからn→∞の極限をとる」計算で、一方の右辺は「n→∞の極限をとってから積分する」計算で、結局積分と極限が入れ替わっている計算になっています。
左辺の方は、幸いにして定積分が綺麗にnの式で計算できて、極限を取ると∞に発散することが分かります。
右辺の方は、θを固定した状態でn→∞の極限を先にとるとfn(θ)は0に収束することが分かり、0は積分したところで0なので、結果は0となります。
このように、積分と極限の順番を入れ替えると結果が変わってしまいます。
なぜこんなことが起こってしまうのか。上記の過去問解説記事で(2)の結果が伏線になっている旨を少し先走りつつ言及しましたが、それについて次に詳しく解説します。
2. 関数列の収束には2種類ある(各点収束と一様収束)
上記では、fn(θ)というθの「関数」に関して極限を考えました。
この関数は、番号nを変えるとその都度関数の形が変化します。このような関数の集まりを「関数列」と呼びます。数列の関数バージョンだと思っていただければ大丈夫です。
ただの数列の極限はn→∞を考えるだけでよく単純でしたが、関数列の場合番号nだけではなく、関数の「変数」という別のパラメータがあるのでそこまで単純ではなくなります。
まず、単純な「関数列の極限」について紹介します。それは「変数を固定した状態で、n→∞の極限をとる」というものです。変数を固定してしまえば、それはもはやただの数列と一緒です。
そのように、定義された範囲の各変数の値全てに対して、極限が収束する場合、その関数列は「各点収束する」といいます。
例えば、fn(x)=x^n (0≦x≦1)というn次関数のn→∞の極限を考えてあげると、0<x<1では0に収束し、x=1では1に収束します。つまり、fn(x)の収束先をf(x)とすると、f(x)は
・0≦x<1ではf(x)=0
・x=1ではf(x)=1
となり、fn(x)はこのf(x)に「各点収束」する、と言えます。
ただ、元々のfn(x)は0≦x≦1の全範囲で連続だったのに、収束先のf(x)は、x=1で不連続になってしまってます。極限を取ると不連続になってしまうようだと、計算がやりづらくなってしまう場合が今後出てくるので、「極限をとっても連続性・微分可能性は維持されて欲しい」と思うわけです。
そんな要望に応えるのが、「各点収束」よりも強い収束である「一様収束」です。少し定義は難しいですが、以下のような定義です。
簡単に言えば、「収束先との差が、最大値ごと一気に0に収束する」というイメージです。
収束の種類がこの「一様収束」であれば、連続関数の収束先は相変わらず連続になってくれることが保証されます。
逆に言うと、先ほどの例fn(x)=x^nは、「一様収束」しないので収束先f(x)が不連続になってしまっていたのです。確かめてみましょう。
このように、ある場所をとらえると0に収束しなくなってしまうので、「各点収束はするが、一様収束しない」といえるのです。
3.一様収束なら、積分と極限は入れ替えOK
なぜ各点収束だの一様収束だのの話をしていたかと言えば、これが積分と積分の入れ替えの話と直結するからです。つまり、
「非積分関数が『一様収束』するなら、積分と極限は自由に入れ替えてよい」という定理があるのです。
最初に取り上げた奈良県立医大の問題には続きの(2)が存在していました。
もし、このfn(θ)が一様収束なら、fn(θ)の最大値M(n)も収束先である0に収束しないといけないわけです。
ところが、M(n)は実際には発散するので、一様収束の定義に反しているのです。
ということで、fn(θ)は「0に各点収束するが、一様収束はしない」という関数列だったので、「積分と極限の順番を入れ替えると、結果が変わってしまう(かもしれない)」というカラクリだったわけです。これで伏線回収完了です。
実際にfn(θ)をグラフにしてみると、nが増えるごとにピークの高さがy軸寄りにどんどん高くなっていき、裾野だけが右側からじわじわと0に収束していく様子が見て取れます。これが「各点収束するが一様収束しない」関数列の典型例です。
もっとも、実際には一様収束しなくても入れ替えてOKな場合があるので、「一様収束」はあくまで「十分条件」であって必要条件ではないことに注意です。先のfn(x)=x^nの例では以下のように、積分と極限を入れ替えても答えは一緒になります。
4. 無限級数が一様収束するか否かを判定する方法(ワイエルシュトラスのM判定法)
以上が、積分と極限の入れ替えに関する話ですが、この話は無限級数(無限個の足し算)にも発展させられます。
つまり「無限級数が一様収束するなら、積分と無限級数は入れ替え可能」ということになります。
ただ実際には、ある無限級数が「一様収束」するかどうかの判別は難しいです。無限級数それ自体がうまく計算できればいいのですが、普通はうまく計算できないことが殆どだからです。
ということで、無限級数を一様収束するか否かを一発で判断できる方法、「ワイエルシュトラスのM判定法」を紹介します。それは以下のようになります。
つまり、一個一個の足し算の項を最大にして全部足しても、それでもなお収束するとき、その無限級数は一様収束する、ということです。
慈恵医大の過去問に、積分と無限級数の入れ替えを題材にした次のような問題がありました。
(問題自体の解説はこちら21世紀の慈恵医大数学 -2000年- - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com) )
ここに登場する無限級数が、一様収束することを示してみましょう。
まずは、ワイエルシュトラスのM判定法を使わず、定義通りに証明する方法です。
今回の場合は無限級数それ自体が綺麗に計算できるので、Sn(x) =Σfn(x)が S(x)=1-x^2に各点収束することは比較的簡単に分かり、さらに、nを固定したときの「Sn(x)と、収束先S(x)の差」の最大値も、n→∞で0に収束してくれるので、「一様収束」すると言えます。
実際にグラフにしてみると、最大値ごとどんどん0に向かって収束していってる様子が見て取れます。
次に、ワイエルシュトラスのM判定法を使った証明方法です。
fn(x)自体が、xに関わらず全部Mn=(4/n+2)^2で上から押さえられ、Mnを全て足した級数も収束するので、fn(x)の級数が「一様収束」すると言う事ができます。
(最後の場面で、バーゼル問題を利用していますバーゼル問題 カテゴリーの記事一覧 - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com) )
結論として、この無限級数は一様収束するので、積分と無限級数を入れ替えても答えが変わらないというのは当然だったというわけです。
応用の面でいうと、以前「フーリエ級数展開」について紹介したとき、成分と無限級数を入れ替える場面がありました。
バーゼル問題の証明その3 ~フーリエ級数展開を使った証明~ - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com)
(1行目から2行目で、積分と無限級数の入れ替えが発生しています。)
本当であれば、安易に入れ替えてはいけないのですが、元の無限級数が「一様収束する」という仮定をおけば入れ替えが可能となり、結果として出てくるanを使うと、後付けではありますが、ちゃんと一様収束していることがワイエルシュトラスのM判定法から分かります。
このように、積分と無限級数が並んでいるときは、有限個のΣの時と違って気軽に順番を入れ替えることができないので、注意が必要です。
というわけで、年末年始の特別号として、無限が絡むと「入れ替えができるとは限らない」という話を2回連続でお届けいたしました。
それでは、今年もどうかよろしくお願いいたします。