ちょぴん先生の数学部屋

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振動現象を行列の対角化で解明する ~固有モード~

皆さん、こんにちは。

 

今回が線形代数シリーズの一応の最終回となります。

最後に紹介するのは、振動現象理解へ対角化の応用になります。

0. 今回の問題設定

2枚の壁の間に、ばね4つ、おもり3つが下の図にように繋がっている状況を考えます。

そして、おもり1,2,3の座標をそれぞれx1,x2,x3とし、つり合いの状態にある時にx1=x2=x3=0とします。

本来おもりの質量とばね定数はそれぞれで異なるのですが、今回は計算を簡単にするためにおもりの質量は全てm,ばね定数は全てkと共通してるものとします。

 

この状況で、おもり1,2,3についてそれぞれ運動方程式を立てると次のような3本になります。

このように、どの右辺もx1,x2,x3が混じった格好で①~③を独立して解くことができません

 

なので、この3本を連立させて行列の形で1本にまとめると次のようになります。

すると、④の右辺にエルミート行列Aが出現しました。

 

今回の方程式は、右辺にx1,x2,x3が入り混じってて分離できないことがボトルネックでした。

 

しかし、エルミートAを対角化して(x1, x2, x3)を別の座標系に変換すれば、綺麗に3本の方程式が分離できるのではないか?

 

それを目指して、Aの対角化を実際に行ってみましょう。

 

1. 運動方程式を解く

 

Aの固有値は、固有方程式を解けば

⑥のような3つの値が求まります。

 

それぞれの固有値に対する固有ベクトルを、正規直交基底になるように求めると、

⑦’, ⑧’, ⑨'の3本が求まります。

 

よって、ユニタリ行列Uを

と定義すれば、Aは次のように対角化できます。

 

そして、Uを使って次のように座標変換をすると、

運動方程式④は、

⑬、⑭、⑮のように、X1, X2, X3で綺麗に分離できます。

 

これらは振動を表す運動方程式になっているので、X1,X2,X3は各々固有の振動数で振動することになります。

・X1→固有振動数√2ω0の振動

・X2→固有振動数√(2+√2)ω0の振動

・X3→固有振動数√(2-√2)ω0の振動

 

あとは、X1, X2, X3を式の形で解いて⑫を使ってx1, x2, x3に戻してあげれば今回の運動方程式は解けたことになります。

 

ですが、実際の現場ではx1, x2, x3にまで戻すことはほぼなく、X1, X2, X3のままで議論することが普通です。この状態でもモデルがどんな性質を持っているか十分に情報を得られるからです。

 

次からはそのエッセンスを見ていきます。

 

2. 固有モード

 

上のように、対角化を行うことで得られる分離された振動を「固有(振動)モード」と呼びます。

 

今回のケースについて、それぞれの固有モードを確認していきましょう。

 

⑫の変換を実際に書き下すと次のようになることに注目です。

 

まず、固有振動数√2ω0の振動であるX1について見ていきましょう。

X1の式は⑫’の1行目なので

となります。x2が消えていて、x1とx3が互いに異符号になっています。

 

つまりX1は、

「おもり2は動かず、おもり1,3が互いに逆向きに振動する」モードだと分かります。

 

次に固有振動数√(2+√2)ω0の振動であるX2について。

X2の式は⑫’の2行目なので

です。x1,x3の係数が等しく、x2だけ符号が逆で√2倍係数が大きいです。

 

つまりX2は

「おもり1,3は同じ動きをし、おもり2はそれらとは逆向きに振幅が√2倍で振動する」モードとなります。

 

最後に固有振動数√(2-√2)ω0の振動であるX3について。

X3の式は⑫’の3行目なので

となります。X2とはx2の符号が逆になってるだけですね。

 

よってX3は

「おもり1,3は同じ動きをし、おもり2はそれらと同じ向きに振幅が√2倍で振動する」モードとなります。

 

これで今回のモデルの固有モードの詳細が分かりました。

 

気付いた方がいるかもしれませんが、それぞれの固有モードXiのx1~x3の係数は、Aの固有ベクトルaiの各成分と完全一致しています(i=1,2,3)。よって、固有モードはAの固有ベクトルで代表させることができます。

 

そして、実際にこのモデルで発生するおもりの運動は、これら固有モードの重ね合わせになります。

 

つまり、固有ベクトルa1~a3の線形和

も、運動方程式④の解になっています

ここで、係数qj(t)はモーダル変位というもので、

固有振動数ωjで振動する関数で定義されます。

 

各固有モードの大きさqjと位相Φjがどのような組み合わせになるかによって、さまざまな振動が実現されるというわけです。

 

⑯が④の解になってることは、

 

④の左辺が

となり、

④の右辺が

となって両者が完全一致することにより証明できます。

 

このように、振動現象を解析する極意は、そのモデルの固有モードがどういう動きでどういう固有振動数を持っているかを調べることなのです。

 

3. より一般的な状況では

 

このモデルをより一般的な形で考えてみます。

おもりがn個、ばねがn+1個接続されていて、おもりの質量とばね定数が全て異なる状況です。

 

このとき、各おもりに関する運動方程式は、

というn×nの巨大な行列の形で書くことができます。

 

おもりの質量を対角成分に並べた左辺の行列[M]は質量マトリクス、ばね定数に相当する成分を持つ右辺の行列[K]は剛性マトリクスと一般的に呼ばれます。

 

そして、対角行列である質量マトリクス[M]は当然の事、剛性マトリクス[K]もエルミート行列になっています。

 

ということは、正規直交化された固有ベクトルを使って対角化が可能です。

 

実際、ユニタリ行列Uを

とすれば、

と対角化できます。Kjは固有ベクトルajに対応する固有値です。

 

そして、例によってUを使って

と変数変換すれば、

のように、n個の固有モードの式に分離できます。

 

ここで、各固有モードの固有振動数ωjは

で定義され、Kjをモード剛性、mjをモード質量と呼びます。

 

この下で㉓をそれぞれ解くと

振幅qjと位相Φjを任意定数とした三角関数の形で一般解が求まります。

 

そして、これらの線形和も⑳の解になるので、⑳の解は、

という形に書ける、という話です。

 

このように、一般的な状況であってもエルミート行列が登場するため、このような対角化を使った振動現象の解析が可能になるというわけです。