ちょぴん先生の数学部屋

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「コロナ対策に自粛は無意味だ~!」というデマにご注意!!その1~グラフを使った印象操作の手口~

緊急事態宣言が延長され、コロナ禍による非日常はまだまだ続きそうです。。

 

さて、この手の話になると経済被害や自殺増を懸念するあまり「自粛はコロナ対策には効果がないんだ!!」と主張する言論人が多数出てきます。

 

経済被害や自殺云々といった自粛が長引くことによる副作用は、政府が給付金を始めとした手厚い経済補償をしてあげることで大幅に減らすことができる話であり、自粛そのものが感染拡大抑制と関係するかは全く別の話だと、私は考えます。

 

そのうえで、このブログでも何度か登場している「自粛は無意味だ」論者の筆頭格、京都大学藤井聡教授がtwitterに挙げているグラフが余りに悪質なものだったので、取り上げてみようと思います。

 

 

まずは、こちらのtweetをご覧ください。

 内容を説明すると、緊急事態宣言が発令された地域での感染者数の推移(グラフAと呼ぶことにします)と、そうでない地域での感染者数の推移(グラフBと呼ぶことにします)を比べ、緊急事態宣言が出される前でも後でもグラフA,Bの形にさほど差がないことがわかった。だから緊急事態制限の効果は薄く、自粛は感染抑制には影響せず無意味だったのだ。という中身です。

 

ぱっと見のグラフの印象では、一見正しそうに思えます。しかし皆さん、このグラフに明らかにおかしな部分があることに気が付きませんか?

 

グラフAとグラフBの縦軸のスケール(目盛り)が全く違います!!左側の縦軸(A)は一目盛りが200になっていて、右側の縦軸(B)は一目盛りが1000になっています。

 

つまり、見かけ上グラフA,Bが重なっていたとしても、実際にはBの値の方はAの値に比べて5倍になっています。

 

言い換えれば、見かけ上AとBが同じように推移していれば、実際にはBの方が5倍大きく増減していることになるのです。

 

あいにく藤井氏の用いた生データを持っていないので、それっぽいデータのグラフを使って説明しますね。

<グラフ1 : 藤井氏がtweetしている図相当>

f:id:stchopin:20210205163058p:plain

こちらが、藤井氏の提示したグラフ相当の図です。一見するとAもBもよく一致しているように見えます。が、Aの縦軸は0.4刻みの真ん中のもので、Bの縦軸は2刻みの右側のものになります。縦軸が違っているのはマズいので、縦軸を揃えてみます。

 

<グラフ2: 藤井氏のグラフの真の姿>

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縦軸を揃えて修正したグラフがこちらです。実はAの値はこんなに小さかったわけです。これを見て、「推移の仕方が同じだ」と答える人は1人もいないと思います。

 

これが、藤井氏の出したグラフの真の姿なわけです。ね?同じデータなのに見せ方だけでこんなにも印象が変わるでしょ?

 

 ここまでは、増減の尺度を「差」で解釈した場合の説明です。「差」で捉えた場合は、縦軸の目盛りを調整して無理やり「同じように推移している」ように見せかけていることがお分かりいただけたかと思います。

 

他方、先日書いた8割おじさんの記事にも書いた通り、感染者の増減は「比」で考えることが流儀のようです。前の日に対して「何人増えたか?」が差での解釈なのに対し、「何%増えたか」が比による解釈です。

 

stchopin.hatenablog.com

 

通常の縦軸では、差の情報しか読み取れず比の情報が読めません。こんなとき、数学の世界には便利な道具があります。「対数」です。

 

高校で習った通り、対数は「掛け算を足し算に変えることができる」のでした。

 

たとえば、a×bという数の対数を取ると、対数の性質から、

log(a×b) = log(a) + log(b)

となり、確かに掛け算の情報が足し算の情報に変わりました。

 

より具体的には、ある日のデータxが、次の日に2倍の値yになったとするなら、

y=2x

⇔log(y) = log(2) + log(x)

となり、対数の世界に持っていけばxのデータに比の対数log(2)を足し算することでyのデータが得られる形になります。

 

この知識を生かすと、縦軸の値の対数を取れば、比の情報が分かるグラフが作れそうです。このような軸のことを「対数軸」とよび、対数軸を使ったグラフを「対数グラフ」と呼びます。

対数グラフは、上記のように比の変化を追うのにうってつけのグラフになります。

 

そこで、先ほどのグラフ2を対数グラフに変えてみましょう。

 

<グラフ3:グラフ2の対数グラフver>

f:id:stchopin:20210205165539p:plain

対数グラフには、10を底にした常用対数を使うのが一般的なので、グラフ3でもそうしています。

今度はどうでしょう?AとBのグラフの形が似てきましたね。Aのグラフを適切に上下移動させればほぼ一致するでしょう。

 

縦軸を二つに分けて重ねるとこんな感じになります・

<グラフ4:対数グラフ2軸版>

f:id:stchopin:20210205170455p:plain

 

よって、対数グラフを使うことで、「比の変化」についてはAとBはほぼ推移が一致している。と言う事ができます。

 

藤井氏が上記のデータをもって「推移が一致している」と言いたければ、

 感染者数の増減を測る尺度は「差」ではなく「比」である。

ことをきちんと読者に説明したうえで、

縦軸に対数軸を採用した対数グラフを掲載しなければならかったわけです。

 

 

これを言わずにグラフ1のみをバーンと提示して「AとB推移は一致している」と主張するのは、誠実性に欠けた印象操作だと非難されても仕方ありません。上記の知識を知らない一般の方は簡単に騙されてしまいます。

 

 

 

さて、ここまでがグラフその物の説明です。

 

もし、藤井氏のデータで作った対数グラフが存在して、それが同じように傾向が似通っていたとしましょう。

 

そのとき、グラフから得られる知見は、

「緊急事態宣言の発令下にある地域とない地域で、感染者数の増減が比の意味でほぼ一致した」

です。

 

しかし、この知見をもって「緊急事態宣言は効果がなく自粛は無意味だった」と結論付けられるかは別の問題です。

 

次回は、このグラフの解釈について説明したいと思います。