ちょぴん先生の数学部屋

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虚数って何だ? ~名前とは裏腹に超重要な「数」~ 

皆さんは、高校で「虚数」という数について習ったと思います。

 

虚数という言葉は「imaginary number」の日本語訳で、この字面から「(本当は存在しない)想像上だけの数」という印象を持たれるかと思います。このimaginary numberという名前を付けたフランスの大哲学者デカルト自身も、否定的なニュアンスで命名したと言います。

 

しかし実際には、現在の社会はこの「虚数」があるから成り立っていると言っても過言ではありません。。機械の制御、半導体といった電子デバイスの開発、そのすべてについて虚数は必要不可欠な概念になっています。

 

今回の記事では、そんな「虚数」に対するマイナスイメージを払拭するべく、「虚数」とは何か?世の中にどう役立っているのか?について解説していきます。

 

1. 虚数とは?

 

元々は、2次方程式を解くために生まれた概念です。

 

ご存じの通り、2次方程式の解の公式は以下のようになっています。

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このルートの中身が0以上の時は、解は「実数」になるわけです。実数と言うのは、3.14・・とかのように具体的な数値で表現できて、数直線上にプロットできる、「この世に実在する数」というわけです。

 

ところが、当然ながらa,b,cの数値によってはルートの中身がマイナスになってしまう場合があるわけです。

 

同じ実数同士を掛け算(=2乗)すれば、必ず0以上になります。プラス×プラス=プラス、マイナス×マイナス=プラスなんですから。

 

そして、ルートは2乗する前の元々の数を指すのですから、本来「ルートの中身がマイナスになる=2乗するとマイナスになる」なんてことは起こりえないわけです。

 

つまりこのまま実数の世界で考える限り、b^2 -4ac<0となる2次方程式には解がないことになってしまいます。

 

しかし、こういう時にあきらめが悪いのが数学者です。

 

2x-5=0みたいに、整数の解がなくて困った時にはx=5/2という「分数」を発明し、x^2 =2みたいに、分数でかける解がなくて困った時にはx=√2という「無理数」を発明してきました。

 

同じように、「2乗するとマイナスになるような数」を新しく発明しちゃえば良いのでは?そう考えたわけです。これこそが、今日知られている「虚数」です。

 

全ての基本になるのが、「2乗すると-1になる数=虚数単位」であり、それをiと表現するわけです。iは、imaginaryの頭文字です。

 

こうなると、先の2次方程式の解は「実数+実数×i」の形になります。このような「実数+実数×i」の形の数のことを複素数と呼びます。実数の要虚数の要合しているのでこう呼ばれています。

 

こうして、2次方程式を解く過程で、「虚数」「複素数」という新しい「数」が誕生したわけです。

 

2. 複素数平面

 

虚数」の概念は、文字通り「数」の概念を一変させました。その例の一つが「複素数平面」です。

 

今までの「実数」では数直線という1次元の物差しでしか表現できませんでした。しかし「虚数」の概念の登場で、「数を2次元で表現」出来るようになったのです。

 

z=x+iyという複素数があった時に、横軸をx(実部と言います)、縦軸をy(虚部といいます)としてプロットするのです。

 

例えば、複素数a+ibは下の図のようにプロットされるわけです。

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これを縦軸横軸以外の別の切り口で解釈することも出来て、「原点からの距離r」と「横軸との角度θ」の2つの尺度で見ることも出来ます(いわゆる極座標と言う奴です)。

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この解釈によって、「掛け算」の概念が一変することになります。

試しに2つの複素数を掛け算してみましょう。すると・・・・

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原点からの距離は掛け算され、角度は足し算されることが分かります。

 

つまり複素数平面で考えれば、掛け算=「長さの縮尺変更&回転」と解釈されるわけです。掛け算で長さの変更と回転とを同時に実行できるという事です。

 

特殊な例を挙げれば、-1 = 1 ×(cos180° + i sin180°)なので、「-1を掛ける」という作業は、複素数平面上で「原点からの長さを変えずに、180°回転する」のと同義になります。そうすると、(-1) × (-1) = 1 というのも、ごく自然に理解できるのではないでしょうか?

 

3. 指数関数と三角関数は繋がっている

 

実数の世界では、指数関数と三角関数は全く別物の関数でした。しかし、複素数の世界においては、実は両者に密接な関係があることが判明するのです。

 

それを象徴するのが次の「オイラーの公式」です。

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指数関数の肩にiθという虚数が入ったものが三角関数で書ける、という画期的な公式です。この公式の証明は後日記事を挙げますが、この公式が、今日の科学技術において虚数が縦横無尽の活躍をする根本理由となっています。

 

4. 物理現象の理解・現代文明に「虚数」は必要不可欠

 

ここまではあくまで「数学」の世界の中だけの話をしていましたが、いよいよこれを物理の世界に応用します。

 

(1) ばねの減衰振動

粘性γの液体(ないし気体)のなかで、ばね定数kのばねの先に質量mのおもりを繋げて振動させる状況を考えましょう。

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この状況を表現するニュートン運動方程式は下のようになり、

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詳細は省きますが、これを解くとおもりの位置xは下のように書けます。

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 (※A1, A2は初期条件によって値が決まる任意定数です。振幅に相当します)

 

ここで、指数関数の肩に乗っかっているルートの中身γ^2 -4mkに注目すると、もしプラスであればxは単調に0に収束していきます。プラスになる状況というのは粘性γが大きすぎる、つまりおもりが身動きが取れない状況なので、あっという間に動きが止まってしまう、ということで直感とも合いますね。

 

では粘性γが小さい、つまりおもりがスムーズに動けるときは、ルートの中身がマイナスになります。ということは、オイラーの公式を使うと、

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のように、三角関数が出現します。物理の世界において三角関数と言えば、「振動」です。つまり、おもりは振動しながら徐々に減衰していくという動きをするのです。

 

虚数と言う道具を使うことによって、ばねの減衰という身近な現象を理解することができるのです。

 

(2)共振回路

 

電圧Vの電源に、抵抗R、インダクタンスLのコイル、電気容量Cのコンデンサーを直列につないだ回路を考え、そこにどんな電流Iが流れるかを考えたとき、(1)の方程式と似たような方程式が出来上がります。

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似たような方程式になるということは、R, L, Cをうまくチューニングすれば、電流Iを同じように振動しながら減衰するようにできるということです。

 

この原理を応用することで、電磁波の発生装置などが作られるわけです。

 

(3)量子力学=ミクロな世界の物理学

 

電子などのミクロなものに対する物理を「量子力学」と呼びますが、その量子力学の基礎的な方程式が、以下のシュレディンガー方程式です。

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詳細は省きますが、注目すべきは右辺に「i」があからさまに登場していることです。

これは、虚数の概念なしには「ミクロな粒子の挙動」は理解できないということを意味しています。

 

言うまでもなく、今日の電化製品やスマホPCには半導体が使われており、半導体の仕組みはとどのつまり電子というミクロな粒子がどう動くかと直結します。半導体に限らずとも、量子力学を応用した科学技術は山のように存在しています。

 

これを想うと、今の文明社会が成り立っているのは「虚数のおかげ」といっても過言ではないのです。

 

(4) 信号処理、制御理論などへの応用

 

とある時系列のデータを、周波数を横軸にしたデータに変換して分析するといった場面が良くあります。このときに登場するのがフーリエ変換という数学の道具です。

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この式のように、当然のごとく「複素数」が登場するわけです。

 

これの応用例がCDなどのデジタル音源です。

実際の生音源データをフーリエ変換で周波数ごとのデータに変えて、人間の耳に聞こえない周波数帯の音や耳障りなノイズを除去することで、データ圧縮をする、なんていう芸当をしているわけです。

 

他にも、機械などを制御するときに利用される「制御理論」の中では、「ラプラス変換」という数学の道具が活躍しますが、このラプラス変換の式にも「複素数」が登場します。

 

このように、ハード面だけではなくソフト面でも、現代社会において「虚数」は必要不可欠なのです。

 

5. 終わりに

 

このように、誕生段階では「imaginary number=現実には存在しない数」と否定的な目で見られることの少なくなかった「虚数」が、実は世の中を支える縁の下の力持ちだった、ということがお分かりになったかと思います。

 

これからは虚数をバカにしないで、温かい目で見てあげてください。