みなさん、こんにちは。
今回は「シュレディンガー方程式」シリーズの第3弾として、「水素原子」について紹介します。
水素原子のシュレディンガー方程式は、「角度方向」と「動径方向」の2つに分離できるのですが、両方を一度に紹介すると大変長くなってしまうので前後編に分け、前編の今回は「角度方向」について、次回の後編では「動径方向」について紹介します。
0. 水素原子のシュレディンガー方程式
まず、大本のシュレディンガー方程式は次のようなものです。
状況を説明すると、
「原点に原子核(電荷+e)があり、原子核からrだけ離れた所に1つの電子(電荷-e)がある→電子は原子核からクーロン力を受けている」
というもので、この電子の波動関数と固有エネルギーを求めることが最終的な目標です。
なお、クーロン力のポテンシャルエネルギーVは、以下のように積分することで計算できます。
では、これから2つの記事に渡って、このシュレディンガー方程式を解いていきます。
1. 変数分離
今回の状況は原点について球対称なので、座標系としてはxyz座標ではなく、3次元球座標を使った方が適切です。
この座標系では、ラプラシアンは以下のように変換されるのでした。
↓導出はこちら
ラプラシアンの3次元極座標表示 - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com)
このことに注意して、シュレディンガー方程式の最初の記事で扱った「変数分離」を使ってみます。
↓変数分離について、詳しくはこちらで
シュレディンガー方程式を解く その1 ~井戸型ポテンシャル~ [前編] 無限の深さの場合 - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com)
波動関数Ψが、rについての関数F(r), θについての関数G(θ), φについての関数H(φ)の積で書けると仮定して、元の方程式に代入すると、
のようになります。
途中、式を簡単にするためにa0という量を導入しています。このa0は「ボーア半径」と呼ばれるもので、ボーアの原子モデル(高校で普通に勉強する、惑星のごとく原子核の周りを電子が回っている、というモデル)における、電子の最小周回半径に相当する量です。
話を元に戻すと、方程式の両辺をFGHで割ることで、方程式はφだけを含む項とφを含まない項に完全に分離できます。
結局「φだけを含む関数=φを含まない関数」の形になり、これを矛盾なく成立させるためには左辺が定数であればよい、というのが変数分離の考え方でしたね。
2. φについての方程式
以上の経緯から、「左辺=定数」によりφだけの微分方程式を作ることができます。ここで想定する定数は、都合により負の実数とします(理由は後述)。
この方程式の一般解は次のように求まります。
例によって、2つの積分定数が残ってしまっているので、境界条件を課します。
今回課す条件は「周期的境界条件」というもので、次のようなものです。
要するにH(φ)が2π周期の関数、つまり、「1周すると波動関数が元に戻る」という条件です。
もし、最初に定義した定数が0以上だったとすると、Hが指数関数となって周期的境界条件を絶対に満たしません。なので、この条件が成り立つように最初の定数を負の実数にしていた、というわけです。
⑤をφの恒等式と見なしてA,Bの条件を求めると次のようになります。
このとき、AとBが同時に0にならないためには、e^(i2πα) = 1でなければなりません。ここから、αは整数でないといけないという制限が入ることになります。
これでαが整数だと分かりましたが、これでもまだA,Bについては何も分かっていません。ということでもう1つの条件「確率の総和=1」を使います。
今回は波動関数が複素関数になっているので、確率は「絶対値の2乗」で計算することになり、結局、A, Bの条件は⑧のようになります。
A,Bは⑧を満たす複素数の組なら何でもよいのですが、ここは簡単のために
としておきます。
以上から、φに関する波動関数H(φ)は、
と求まります。ここまでは比較的簡単です。
続いて、θに関する関数G(θ)の方程式を考えていきます。φに関する方程式の結果から元の方程式のφに関わる項がそのまま-m^2 (m:整数)に置き換わることに注意すると、方程式はrだけの項とθだけの項に分離できます。
これも例によって、各項が定数であればOKということになりますので、そうしちゃいましょう。都合により、定数は負の実数とします。
ここで天下り式ですがτ=cosθと変数変換を行うと、次のように変形できます。
こうして出来上がった⑪は、すでに取り上げている微分方程式と酷似しています。もしβ=l(l+1) (l:非負整数)なら、この方程式は「ルジャンドルの陪微分方程式」そのものです。
内積の概念を関数にも・・・直交多項式 その3 ~ルジャンドル多項式~ - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com)
前回の調和振動子の方程式(シュレディンガー方程式を解く その2 ~調和振動子~ - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com) )の時と同様にべき級数展開を使って収束性を考えると、実はβ=l(l+1)かつ|m|≦lのときしか、G(θ)は物理的に意味を持つ解にならないことがわかります(長くなるので、証明は省きます)。
ということで、⑪はルジャンドルの陪微分方程式になり、解はルジャンドル陪関数となるので、G(θ)は次のように書けます。
あとは、規格化定数Cが分かれば終了になります。
Cを決める条件は例によって「確率の総和=1」なのですが、θの波動関数については被積分関数にsinθのオマケがつきます(詳しくは後述の補足にて)。
この時、τ=cosθと変数変換することで、見事ルジャンドル陪関数の直交条件その物の式が出来上がり計算することができます。
これで、θに関する波動関数G(θ)も求まりました。
補足:3次元球座標の積分計算について
以前、ガウス積分の記事ガウス積分 ~統計学で最も重要な積分~ - ちょぴん先生の数学部屋 (hatenablog.com)で、xy座標での積分を極座標での積分に書き換えると、
となる(おまけでrがつく)ことを紹介しました。これと同じようなことが3次元極座標の時も起きて、
となります。
これも、2次元の時と同じようにr, θ,φをちょっと動かした時にできる直方体の体積でdxdydzを近似する、という形で説明ができます。
この変換によって、確率の積分計算は次のように分解され、rについてはオマケにr^2が、θについてはオマケにsinθが、φについては何もつかないことが分かります。
このように、座標を変換することで付いてくるオマケの事を「ヤコビアン」と呼びます。
4. 球面調和関数
以上から、求める波動関数の内、角度θ、φに関する部分は完全に求まりました。この角度に関する波動関数を「球面調和関数」と呼びます。
球面調和関数をいくつか具体的に計算してみると下のような感じになり、l=0の場合には「s軌道」、l=1の場合には「p軌道」、l=2の場合には「d軌道」、などと名前が付いています。
wikipediaに球面調和関数を図示した絵があったので、それを拝借すると下のような図になります。球面調和関数 - Wikipedia
(※赤は正の部分、緑は負の部分を表す)
電子は、惑星のように原子核を回っているのではなく、実際にはこの図のような雲状に分布していることが、シュレディンガー方程式を解くことで分かるわけです。
大学の教養課程で物性化学を習うと、いきなりこんな概念が出てきて高校までとはかけ離れた話が展開されるわけですが、こんな背景があったわけです。
次回の記事では、残りの「rに関する関数F(r)の方程式」について解いていきます。