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ε-δ論法とは? ~大学数学でみんなが挫折する悪魔の論法~

皆さん、こんにちは。

 

今日は、新年度が始まったということで、理系の大学1年生向けに「ε-δ論法」について紹介していきます。

 

さて、この「ε-δ論法」ですが、タイトルにデカデカと書いたように「みんなが挫折する悪魔の論法」なんです。どんなに高校までで「数学がメチャメチャ得意だった」と豪語していた学生であろうとも、「訳が分からないよ!!」と一度は挫折してしまう難解な代物です。このε-δ論法のせいで数学が苦手になってしまう人も数知れずです(かく言う私もその一人です笑)。

 

そんな理系学生共通のトラウマを、あえて解説してみることにします。

 

1. そもそも「ε-δ論法」とは何だ?

 

なんでわざわざ、そんなトラウマになるような話を大学生向けに教えるのか。その目的はずばり、「極限の概念を厳密に定義すること」です。

 

高校で初めて「極限」が出てきたとき、「限りなく近づける」「無限大に飛ばす」という表現がたびたび出てきたはずです。ですが、「限りなく近づく」とか「無限大」という概念は、数学的には結構あいまいであり、かつデリケートな代物です。

 

例えば、以前紹介したネタだと、

stchopin.hatenablog.com

0.のあとに9をいくつも続けてできる小数は、普通に考えれば1より小さい数のはずなのに、9を「無限個」続けると1とピッタリ一致する、という不思議な現象が起きました。

 

他にも

stchopin.hatenablog.com

バーゼル問題では、分数を足し続けるだけなら「有理数」のままなはずなのに、分数を無限個足すと「円周率(無理数)」になる、という不思議な現象が起きました。

 

こんな風に「無限」が関わる概念は、本来かなりデリケートで扱いが難しいのです。古代ギリシャの時代に提唱された、無限に関わる「ゼノンのパラドックス」という話を聞いたことがあるかもしれません(飛んでる矢は止まっている、アキレスはカメを追い越せない、とかいう話です)。

ゼノンのパラドックス - Wikipedia

 

その一方で接線を調べたり面積を調べたり作業は物理・工学の世界で必要不可欠であり、その際に「無限」の話は避けて通れないわけです。

 

というわけで、何とかして、自分たちが理解できる「有限の世界の話」だけで、よくわからない「無限の世界」を説明することはできないか?

 

そうして編み出された方法こそが、「ε-δ論法」というわけです。

 

2. ε-N論法(数列の極限)

 

まずは、数列バージョンである「ε-N論法」について説明します。

 

大学の教科書には、「ε-N論法」についてまず冒頭にこんな文章が書いてあるはずです。

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何が書いてあるか意味がさっぱり分かりませんね。

これをあえて英語に直してみると以下のようになります。

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∀は「all」の意味で、数学の言葉では「任意の」という意味になり、ヨは「exist」の意味で、数学の言葉では「ある~」といったニュアンスになります。そして「s.t.」は「such that」の略で、「~となるような」という意味です。

 

つまり、日本語で上記を訳してあげると以下のようになります。

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これでもイマイチ中身がぴんと来ないと思います。

 

もっとかみ砕くと、

「ある番号N以上では、anとαの差がε未満になる。このεをいくら小さくしても、そんな条件を満たす自然数Nを必ず持ってこれる」

というのが、「anがαに収束する」の定義になります。

 

具体的な例をあげましょう。

 

例えば、0に収束する数列an=1/nを考えます。

 

もしεが0.01なら、N=101とすればn≧101ならan<0.01になります。同様に、もしεが0.0001なら、N=10001とすればn≧10001ならan<0.0001になります。

 

こんな感じに、εをどんなに小さくしても、対応するNが必ず見つかることが分かります。

 

この事実を「an=1/nは0に収束する」と定義するわけです。これがε-N論法です。

 

このように、「無限」の概念を一切持ち出さずに「極限」を定義できる、というのがこの論法のポイントになります。

 

ここまでは「数列が収束する」場合の話ですが、「数列が発散する」場合も同様に

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と書くことができます。

 

この場合は、「Kをどれだけ大きくしても、an>Kとなる番号Nが必ず見つかる」といった意味合いになります。

 

例えば、an=n^2の場合、K=10000ならN=101とすればいい、K=10^10ならN=100001とすればいい、といった具合です。

 

3. ε-N論法でないと証明ができない、比較的簡単な極限(チェザロ平均)

 

さて、ε-N論法について紹介しましたが、「こんなものが何の役に立つんだ!?」という疑問が湧いてきたと思います。事実、大学入試でもこんな話を持ち出さなくても極限計算をゴリゴリやってきたじゃないかと。

 

しかし世の中には、直感だけでは証明できない極限がたくさんあって、その典型例が、このセクションで紹介する「チェザロ平均」というものになります。

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これは「anの極限がαに収束するなら、a1~anの平均値の極限もαに収束する」というもので、一見すると尤もらしく聞こえる主張だと思います。

 

しかし、高校までで習った知識で、この定理がちゃんと証明できますか?という話になります。結論から言うと、高校数学までの知識では証明できません。

 

こんな極限の証明が、ε-N論法で初めて出来るようになるのです。

 

実際に証明してみましょう。

 

まず、anがαに収束するという条件から、以下が言えます。

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この条件の下で、a1~anの平均値とαの差を評価していきます。

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最後の不等号は「三角不等式」を使っています。「足し算してから絶対値を取るよりも、絶対値を取ってから足し算したほうが大きくなる」、ということです。これでanとαの差の話に持ち込めました。

 

ここで、①の「n≧N0なら、anとαの差はε未満」という知識を使いたいわけです。

となると、n<N0の部分が邪魔なので、そこをひとまとめにして評価すると下のようになります。

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n<N0の部分でanとαの差の最大値をMとしています。

 

ここで、n自体をうんと大きくしてしまいます。具体的には、

f:id:stchopin:20220416151917p:plain

としてあげます。今εがめちゃくちゃ小さい数だと想定しているので、③の右辺の数はN0よりもはるかに大きい数になっています。それよりもnを大きくするわけです。

 

すると、

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f:id:stchopin:20220416152110p:plain

となって、

「『a1~anの平均値』とαとの差が、n>③の右辺のときは、つねに2ε未満になる」

ことが分かりました。

 

これは、「『a1~anの平均値』とαとの差をどんなに小さくしても、それに対応するNを必ず見つけることができる(具体的にはN=③の右辺としてしまえばよい)」、ということになり、ε-N論法の要件をバッチリ満たしています。

 

これで、「anの極限がαに収束するなら、a1~anの平均値の極限もαに収束する」が証明できたことになります。

(※最終結果の右辺が2εと、係数の「2」が付いてしまっています別段気にする必要はありません。仮に係数が付いていたところで、εも2εも「滅茶苦茶小さい任意の正の実数」であることに変わりがないからです。大事なのは、どんなに小さな差であっても、それに対応する番号Nが必ず取ってこれる、という事実です)

 

こんなかんじにε-N論法を使うことで極限の証明ができたりするわけです。

 

4. ε-δ論法(関数の極限)

 

さて、いよいよタイトルに掲げた「ε-δ論法」について紹介します。

 

こちらについては、先に紹介した数列バージョンである「ε-N論法」の関数バージョンと言えるものになります。

 

最初に教科書に書いてある記号チックな定義を乗せると、

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となり、日本語に訳したものが以下となります。

f:id:stchopin:20220416163557p:plain

こちらはグラフで説明したほうが早いので、図で説明します。

 

まず、y=f(x)がx=aで連続な場合を考えます。

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図のように、f(a)からの幅が上下εずつになるような部分を太線でマーキングしておきます。この太線のx方向の幅を考えてあげると、両端が○より内側に来るようにa-δ<x<a+δとしてあげると、この範囲では全てのf(x)の値が、f(a)との差ε以内に収まります。

 

このy方向の幅2εをどんなに小さくしてあげても、x=aで連続である限り、上記の条件を満たすδが必ず見つかります。

 

この事実を以て、「f(x)はxをaに限りなく近づけるとf(a)に限りなく近づく=f(x)はx→aでf(a)に収束する」と定義するのが、「ε-δ論法」というわけです。

 

では、逆にx=aで不連続な場合はどうなってしまうのか。

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上の図のように、ある程度εが大きいと、上記の条件を満たすδを見つけてくることができます。

 

ところが、εを小さくすると、下の図のように、左側ではδが見つかるけど右側ではδが見つからない、という事態に陥ります。

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どんなに小さいεに対してもδが見つかる」というのがε-δ論法による収束の定義でしたから、この場合は「収束しない」という話になります。

 

このε-δ論法の考え方を応用していくことで、「各点収束」「一様収束」といった新しい極限の概念が理解できるようになり、それによって「極限と積分の順番は入れ替えてもいいのか?」といった素朴な問いに答えられるようになっていくことになります。

 

5. まとめ

 

以上が、大学1年生の「微分積分学」の一番最初に習う「ε-δ論法」の概略になります。

 

初見では、あまりに高校数学からかけ離れた考え方で訳が分からなくなってしまうのも当然な話です。「極限」という直感的に理解していた話を、厳密に難しく定義しなおす、という新しい収穫が特にないネタでもあるのでモチベーションも湧きにくいですし。

 

私自身、この記事が書けるレベルに理解ができるようになったのは大学を出た後でした。

 

ある意味、この単元が、大学数学についていけるか否かを篩にかける分水嶺とも言えます。正直、このε-δ論法で挫折した人は、純粋数学の道はあきらめた方がいいと思います。

 

とはいえ、これで数学嫌いにはならないでほしいのです。大学で習う数学は、このε-δ論法のような「純粋数学」系統の話ばかりではありません。

 

ベクトル・行列について深めていく「線形代数」、物理現象を解明していく「微分方程式」「ベクトル解析」、複素数についての微分積分を考える「複素関数論」など、面白いネタはいくつも他にあります。

 

本ブログでは、大学数学が絡むネタの記事もいくつか挙げているので、ぜひご一読ください

stchopin.hatenablog.com